バロック音楽は歌唱の表現力の可能性を最大に引き出そうとしました。なぜならベルカントが出現したバロック時代は非現実的な世界を音楽で表現しようとしたからでした。バロック音楽は性的曖昧さ、叙情的で優雅で官能的な旋律、アジリタや装飾音などを駆使した曲芸的技術などの芸術的好みがありました。それらを完璧に表現するにはカストラートの存在が必要でした。彼らの歌声は男女両性の声を具有した音色を持っていて、そして架空のような、男女の区別のない響きを生み出していました。また、胸郭や肺が非常に発達していたために力強い響きと息の長さもあり、声楽的に並外れたことが可能でした。そして、ベルカントは音色の奇想、色彩とニュアンスの多様さ、技巧の複雑さ、叙情の激しい熱情などで独特な発想を引き起こす歌唱が目的でした。バロックの時代の音楽には神話上の、歴史上の英雄のような趣を感じる今日此の頃です。