マッサ・カンタービレ~ミュージック・スタディ~ 75

冬のミラノを包むあの濃霧は、かつて私の胸に静かな寂しさを落とすものでした。
白い壁のように視界を奪い、足元さえ曖昧にするその霧の中では、世界がひっそりと息を潜めているように思えました。冬の訪れを告げるたび、胸の奥に小さな緊張が灯ったものです。
けれど今、その霧は不思議なほど柔らかな記憶としてよみがえります。街灯の光がぼんやりと滲み、音が遠くで丸く響くあの静けさは、いつの間にか私の心を温める風景になっています。かつて怖れたものが、時を経て懐かしさへと変わります。その移ろいの妙を思うたび、記憶とはなんと優しいものだろうと感じます。


関連記事

PAGE TOP