中世後期において、使徒パウロの言葉を浅慮な解釈をしてしまい、典礼での多声の声楽では高音域のソプラノやアルトも全て男声が歌うことになってしまいました。始めは声変わりをしていない少年たちに歌わせていましたが、旋律が精巧になり高度な技術と円熟した音楽性が必要になると、カウンターテナーのソプラノとアルトのスペイン人歌手たちが登場しました。その特別な歌唱法をスペイン人たちはムーア人から学び、彼らは歌唱法を秘密にして教会音楽における地位を独占することに成功していました。しかし、十六世紀の終わり頃ローマ法王庁聖歌隊の空席を埋めるためのオーディションが行われた時、スペイン人のフェルセット歌手たちとは異なる特別な音色のイタリア人歌手が現れました。このイタリア人歌手の特別な音色・響きは法王クレメンス八世を魅了し、聖歌隊に採用されることになりました。それによりスペイン人歌手たちの独占状態の終わりを告げ、カストラート歌手の隆盛が始まりました。イタリア人でペルージャ出身の優れたソプラノ歌手ジローラモ・ロジーニ、たった1人の歌手によってカストラートの時代が始まるとは…と思う今日此の頃です。