言語学的観点から…2!!!!

私はイタリア語という語学についても研究しているので、普段使う母国語(日本語)にも常に注意を払うように心掛けていますと前回も書きましたが、いつも日本語は難しいと感じています。なぜなら、時代とともに同じ言い回し、表現、単語などの意味が変わってしまい、それがすぐに採用されてしまうからです。採用のスピードやその変化の広がりは、非常に速いように感じます。
その日本語の変化とは、例えば「全然分からない」のように、「全然」は否定的な意味の語を伴って用いるのが主流だったはずです。しかし、今は肯定的な意味の語を伴って用いています。このように、全く正反対の使い方で使ったり、以前は敬意をこめて使っていた表現が逆に人を軽視する意味の表現と変貌したり、その逆で尊敬の表現ではなかったものがそのような意味を持ったりと目まぐるしい変化をしています。本当に日本語は難しいものだと思います。それに変化した言葉は嫌いですね。なぜなら本来の言語学的な美しさが失われたように感じるからです。また正直イタリア語のほうが簡単だと思います。
イタリア語というのは、それが言語としてしっかりと体系的に整理されてから100年あまりしか経っていません。そして、文法のルールや言い回しや表現は現在のスタンダードなイタリア語では時代とともに変化はあまりしていないのです。もちろんイタリア語も外部の言語の影響を受けたり、社会状況の影響を受けたりして変化はしました。また、日本語のように目まぐるしく、今も変化し続けているような言語ではありません。よって昔はこうだっだのに今は違うのかということに直面することはあまりないと考えられます。つまりお年寄りの世代と話していてイタリア語が違う、もしくは若い世代と話していてイタリア語が違うということが起きにくいのです。日本語はかなりあるように感じています。
それにイタリア語の場合、その人達の生活している状況や生業としているもので使うイタリア語のレベルが違い、ただみんなが目標とするイタリア語は最も高度なイタリア語を目指しているので日本語みたいなことは生じないのかもしれません。
イタリア語のレベルが違うというのは、まずイタリア語にははっきりとした書き言葉と話し言葉があり、単純に言ってしまえばレベルの高いイタリア語とは書き言葉のことで、知識人や文化人や階級の高い人たちが話すとき、書くときなどに使う言葉です。このような人たち以外は一般的に話し言葉だけで十分なのです。文法の観点から考えても大きな違いがあります。高級なイタリア語とは接続法や前過去などを含むスタンダードなイタリア語の文法すべてを使用するイタリア語です。話し言葉のレベルは半過去までのイタリア語なのです。それになぜ高級なイタリア語を目指すかというと、まず日常生活では高級なイタリア語を知らなければ、ちゃんとした新聞は読めません。そして、使用するイタリア語によってその人の学識のレベルも判断されるのです。また、おそらく昔の名残りでしょう。昔は書き言葉をそのまま日常生活に取り入れていたのは上流階級(貴族以上)の人たちでした。つまり憧れもあると思います。
様々な要因があり、イタリア語は絶対に譲れない部分は変化せずに存在しているのだと思います。やはり日本語よりはイタリア語のほうが容易いように感じますね。!!😄😊😃😉!!

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